6月19日(月)
昨日のブログに書いた通り、通話は7時ごろに切断した。電話越しの物音で朝4時に目が覚めた。7時頃になるまで課題をしたり支度をしたりした。向こうも勉強をしていた(テストが近いらしい)。
6月20日(火)
昼食は友人と伊都キャンパスの『理系食堂(と呼ばれている食堂、正式名称は知らない)』でとった。味噌ラーメンを頂いた。
6月21日(水)
午前休…というより5限だけ授業があったため、家事を一通り終わらせた後に新しいアニメを観た。こんな生活も悪くない。
6月24日(土)
昼からバイトに行った。
夜、Twitterを見たらロシアのPMC、ワグネル・グループが武装蜂起を宣言し爆速でモスクワに進軍している、もう数時間以内にモスクワで攻防戦が始まるのではないか?という言葉が飛び交うまでにカオスな状況を観測した。少なくとも「内戦」が宣言されたのは確かだ。
Twitterでは「プリゴジン(ワグネルの創設者、武装蜂起を宣言)の乱」「ワグネルの乱」などという新しい歴史用語が製造されていた。日本史か。
まさかとは思うが核は使うまいな?(※)と思いながら翌日もバイトがあったので寝てしまった。
(※)一応、ロシア領内で核を使う分にはNATOも介入しないし相互確証破壊の範囲外(ワグネルが占領した核サイロを使わない場合)なので。核攻撃のハードルは比較的低い。
6月25日(日)
ロシアの一件のニュースだけ確認して、バイトに向かった。帰ってからは料理したりアニメを観たりして過ごした。
プリゴジンの乱
そんな「プリゴジンの乱」勃発からウン時間。朝起きてSNSを確認するとモスクワがとりあえず無事である事を知った。ワグネルが進軍停止に同意し、ロシア連邦はワグネル社員を無罪とし、反乱不参加の戦闘員は国防軍に組み込み、プリゴジン氏は責任を問われず、プーチン大統領の「個人的な安全な出国の保証」のもとベラルーシに亡命したらしい。(カオスすぎて頭が追いつかなかったので、とりあえず見なかったことにしてバイトに向かった)
プリゴジン氏はそもそもショイグ国防相やゲラシモフ総司令官の追い落としを狙いモスクワに進軍したのだと思うが、結果としてどちらも現状失脚していない。プリゴジン氏自身と社員の安全だけを交渉で勝ち取り、武装蜂起は失敗した。
しかしロシア連邦も大きな痛手を負った。一部の衝突で正規軍の兵士が死亡し、ウクライナ軍にすらされたことのないペースで航空機を撃墜された。ロシア連邦全体では、特にワグネルが最初に占領し、連邦の治安維持部隊がさっさと尻尾を巻いて逃げてしまったロストフ州などの一部地域では顕著に、ロシア連邦軍の信頼がガタ落ちしてしまっただろう。ワグネルが撤退した後に帰ってきた警察を市民がどのような目で見たのかは想像に難くない。
結局ワグネルの目的は政権転覆等のクーデターではなく、意見を通したかったがために本来は話し合いや交渉で済ますべきところを茶番を演じたというのが妥当な評価だろう。
そしてそんな茶番に人の死が伴ってしまうところにロシアという国家の問題点が表れているような気がする。
音楽の話
ニュースの追っかけだけやって日記を締めるのもどうかと思ったので最近好きな音楽を書こうと思う(レギュラー化は要検討)。
チョコレーション(by Tensions)
Youtube shortに音源として使われていたのが知ったきっかけ。キャッチーさに惹かれた。サビ部分がいいよね